「多様な教育機会確保法」はどんな法案か(代表理事 奥地圭子)

NPO法人フリースクール全国ネットワークは、不登校の子どもや学校外の多様な場で学び・育つ子どもたちのあり方を公的に認め、支援するための制度づくりに取り組んでいます。
その取り組みのひとつの成果である「多様な教育機会確保法(案)」について、代表理事奥地圭子よりのメッセージを発表いたします。

2015年11月5日

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参考:「多様な教育機会確保法 ここまで来た!報告会」の当日資料


「多様な教育機会確保法」はどんな法案か
―私達は如何にして道を拓くのか―

奥地 圭子

 2015年5月27日、フリースクール議連と夜間中学推進議連の合同総会で上記法案について、馳座長試案が提案されました。それ以降11回にわたる立法チームの検討会と3回の合同総会が開催され、各党がまとまれば国会上程される見込みでしたが、まとまらなかったため上程されず、現在党内審議中です。
 私はフリースクール全国ネットや多様法を実現する会に属し、多様な学びの機会を保障する法律を創ってほしいと議員連盟に働きかけた立場として、その殆どに傍聴や陪席ができたことから、法案づくりのプロセスを見てきました。次の機会は来年の通常国会ですが、法案が成立して、学校以外の学びや成長が正式に可能になること、それを通して一人一人の学ぶ権利が少しでも保障され、今も続く不登校の子どもや親の苦しい状況が変わっていくことを切望しています。その思いから「確保法」はどんな法律か、私のつかんでいることをお伝えしたいと考えました。
 なお、10月20日に行われた「多様な教育機会確保法 ここまで来た!報告会」の当日資料には、法案の条文、これまでの経緯、Q&A、メッセージ集など色々掲載されていますので、合わせてご覧いただければ幸いです。

◆ どんな法案か1

私たちから持ちこんで始まった法案
 安保法制論議、原発政策その他安倍政権への不信感から、この法案もろくなものではない、という声をききますが、多様法は長年の市民側からの働きかけに議員さん達が応えて下さって動きが始まったもので、政権内部から持ち出されたものとは区別して考える必要があります。そして、取り上げるメリットもまた政権の背後にあるから可能となるわけですが、私たちはそれをチャンスとして、活かす姿勢を持ちたい、そうして少しでも状況を変えたいと考えて取り組んできました。
(取り組んだ経緯については、10月20日資料P38〜P42をご覧下さい)

◆ どんな法案か2

多様な学び・育ちを実際認める一歩となる法案
 ここで「多様」というのは「学校教育法一条にある学校以外」という意味です。フリースクール、フリースペース、居場所、自主夜中、自宅・オルタナティブスクール・外国人学校など、これまで決して公的に、正規に認められることのなかった場で育つことを認め、社会的に応援するよ、ということは、これまで全く考えられなかったことです。(今回適応指導教室も対象に入っています)
 世界的には、政府が統括する学校教育一本しか正式に認めていない国は少なく、北朝鮮と日本くらい、と言われてきました。子どもの状況が多様であり、個性も多様な中、学習指導要領にもとづいた教育課程のみで対応という国家では、子どもはストレスがたまり、自己を発揮しにくく、グローバル化する国際社会の中で多様な教育が求められてきました。特にホームエデュケーションが認められようとしていることは大きな変化で、私達はどこかに通う子は認められやすいが、不登校の多くは在宅で成長しており、そこを応援しようとなったことは、大きな意味があると思っています。

◆ どんな法案か3

子ども一人一人の学ぶ権利を保障する法案
 私たちは運動をはじめた頃、フリースクール等学校教育以外の機関への公的援助を求めてやっていましたが、そうではなく、憲法でいう基本的人権としての教育を受ける権利(学ぶ権利)の保障に立って、個々の子どもの学ぶ権利を基本とする考え方に変え、その子への支援、その親への支援というふうに変更しました。憲法89条(公の支配)とのからみや、フリースクールの中の線引きの問題も含め、座長試案も一人一人の学ぶ権利の保障という立ち位置になっています。
 すべての子といっても一度に実現は難しいので、義務教育段階からやっていこう、それも特別な教育とか専門教育でなく「普通教育」なら当然保障しなくては、ということから今回の法案は、タイトルにあるように「義務教育の段階に相当する普通教育の多様な機会の確保に関する法律案」となっています。そして、それぞれの学ぶ権利を保障するには、多様であってはじめてできることだと思います。

◆ どんな法案か4

学校以外の学びへの財政上の措置が初めて入った法案
 第5条には「必要な財政上の措置その他の措置を講ずるよう努めるものとする」と入っており、これまで「義務教育は無償とする」と憲法にあっても、子どもがフリースクールに通うには、親は税金を払って学校教育を支えつつ、フリースクールには別途会費を払うという二重払いになっていて、その負担が減ることが期待されます。特に、貧困問題などや家庭の種々の事情から、フリースクールに通いたくても通えない家庭への支出は急がれねばなりません。公的に支援される仕組みがあることは子ども自身にも「社会から応援されている」「認められている」という肯定的な感覚をもたらすと思われます。これまでの「親に申し訳ない」というひけめや罪悪感も減らせると思います。
 「努めるものとする」とあるから「逃げを用意している。こんなのを決めても意味なし」という人もいますが、いえいえ、これまでは、「努める」ことさえなく、「埒外」だったのが、経済支援をする方向性が出たのは大きいと思います。あとは財務省との折衝です。

◆ どんな法案か5

「多様な学び」でやっていきたい人が任意でやる法案
 新しい制度が始まっても希望者が活用するものであって、子も親も希望しないのに、無理に選ばされるということではありません。これは支援のための法律であって排除に使われてはなりません。
 では選ばない人はどうなるのか、と言うと、そのままです。今まで通り、学校につながっていて、形はあくまで不登校で、すべて従来通りでよいのです。きっと最初は、法案が通っても様子見の人が多いと思うので申請は少数でしょう。でも少数だから、この制度がなくてよい、とは思いません。学校と切れたい子、学校の対応に辟易している親の人たちは、ほっとすることでしょう。

◆ どんな法案か6

手続きに「個別学習計画」を作成提出する法案
 ある制度、ある仕組みを申し込むには何でもそうですが手続きが必要です。それが「個別学習計画」で、子どもとよく相談し、「子どもの意思を十分に尊重して」最善の利益を考えて、保護者が作成するようになっています。個別学習計画の反対や懸念がいろいろ出されていますが、これは学校以外の多様な学びの話なのに、「学習」といえば学校の学習と思い込んで、そんなことをしなくてはならないんだったら、きつい状態の子どもが追い詰められる、と受け取っている人もいますが、子どもの状況に応じて柔軟なもので良い、と馳さんは答えておられます。
 また、「親だけでは負担」という声がありますが、学校、教育委員会、フリースクール、NPO等つながりのある人と共に相談しながら作成すればいいのです。ある不登校の男の子は「ぼくのやりたいことを書いて、それを応援してくれるならうれしいよ」と言っていました。

◆ どんな法案か7

市町村の教育委員会に申請し、そこが認定する法案
 個別学習計画は、市町村の教育委員会に申請し、認定をされることになっています。これをどう考えるかですが、多様法を実現する会では、多様な教育機関関係者や有識者を構成員とする支援機構やセンターで受理・登録をする案をもっています。
 しかし現実にフリースクールはまださほど多くなく、また都市部に集中しており、ない所はどうするのかという問題を考えたとき、学齢簿をもつ市町村の教育委員会に申請し、認定を受けるのが最も現実的であろうと考えました。教育委員会の中に設けられる個別学習計画を検討する委員会は、教育、心理、福祉に関する専門家の意見やその子の支援に関わった実務経験者(例えばフリースクールスタッフ、NPO等含む)の意見を聴き、保護者・子どもとやり取りした上で認定されます。
 教育委員会は、これまで学校復帰を目指さねばならない立場でしたし、子どもや親の気持ちの尊重でなく、上から目線の嫌な体験が多い市民にしてみれば、「教育委員会」というだけで反発もあるでしょうが、新しい法律ができれば、教育委員会は多様法の精神でやらなければならず、その方が変わっていけると思います。そのための職員の研修やオンブズマン制度は別にしっかり用意される必要があります。すぐには無理でも時間をかければ変わっていけます。今のままでは変わらないでしょう。

◆ どんな法案か8

学校教育法の特例法で、学校以外でも親の就学義務を履行しているとみなされ、修了認定となる。
 もともと、憲法・教育基本法の下に学校教育法1本しかなく、憲法で決まっている親の教育義務が学校教育法の学校でしか果たせない仕組みが時代に合わなくなっています。また学校に合わない子や苦しい子にとって子どもの学ぶ権利を保障することにならないことが問題でした。実現する会では、ですから学校教育法と並ぶ「多様な学び保障法」のようなものがもう1本あったら良いと考え、議員連盟に提案しておりました。しかし、それでは全く、ハードルが高すぎて現実、議員の中を通りそうにないことから、こうなっています。
 学校以外の多様な学びでやっていても、正式に親の義務を果たしたことになります。そして、学校とつながっていた時は、学校から様々な登校刺激があり悩まされたこと、また親も学校との関係を取ることにしんどかったことは無くなります。
 学校教育が9年終わると卒業証書が出されますが、多様法では、修了証書が出されます。学習指導要領に基づいた学校の教育課程を修了していないので「卒業」とは法律的にできないとの事、まだ日本社会では「卒業」と「終了」では差別があるかもしれませんが、進学就労その他有効性は全く卒業と同じ資格とされます。「高卒」と「高認(高等学校卒業程度認定試験)」で同じ議論があったように、社会の側の差別を変えていく必要がありましょう。

◆ どんな法案か9

これから良くしていける可能性のある文言がいろいろ入っており、3年で見直しできる法案
 はじめから理想的にはいかないので、小さくても風穴を開けることができれば開けて、少しずつ良くしていく方が、反対して流すよりも、全体として少しずつ前進できると思います(10月20日資料に収録している汐見稔幸さんのお話を参照してください)。
 もちろん法律は一度できると1人歩きしますから、どんなものでもいいわけではありません。しかし「確保法」は今後、子どもや親にとって、状況をよくしていける可能性のある文言がかなり入っています。
 「国連子どもの権利条約に則って」が目的条項に入り、「意志を十分に尊重しつつ」「年齢または国籍等に関わることなく」や「民間団体との連携」が基本理念条項にはいり、基本指針の作成・変更にも「民間団体等の意見反映」が入っています。「相当の期間学校を欠席」というように目的をはっきり入れていないことも工夫の一つです。また、学校へ行って当然という価値観の社会にあって、多様法を進めるには不可欠な「国民の理解」の増進や「人材確保」が入っています。そして3年以内に検討することや、法案が成立したとしても夜間中学校はすぐに実施になるが、多様な教育機会確保法の方は実施までの準備にかなりの期間をかけるようになっています。

 法案に問題点があっても、成立後の制度運用のあり方や、ガイドライン等でより安心できる方向にしていくことは可能だと思われます。学校中心主義のこの国では、学校外を正規に認める法律づくりは、なかなか困難を伴うだろうと思いましたが、案の定だなぁ、でも、ここまで来たことを踏まえて、小さな穴でもうがちたい、との思いです。やってみなくてはわからなかったことがいろいろあり、とても勉強になりました。9月1日に自殺している子がダントツに多いこの国を、大人の責任として、皆さんの力でなんとか変えていきましょう。

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参考:「多様な教育機会確保法 ここまで来た!報告会」の当日資料

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